じゃがいも日記

母に顔がジャガイモに似ていると言われましたので

あまり大したことのない留学感想(2018年2月)

 今年のグラミー賞最優秀ポップパフォーマンス部門でエドシーランのShape of youが選ばれた。デビュー当初のアコースティックサウンドから、流行りのエレクトロダンスミュージックに見事転進しファン層を広げた、間違いなく現在トップアーティストのうちの一人である。しかし、彼の、特にこの曲の受賞に批判が集まっている。

 今年は、Girls powerの年だった。女子力ではない。ハリウッドの有名監督、ディレクター、俳優らや、オリンピックのチームドクターらが往年のセクシュアルハラスメントで複数の女性や男性たちから告発された。女性歌手のケシャは、かつてのプロデューサーからのハラスメント、それによる摂食障害、レーベルとの法廷での長年の確執を乗り越え、Prayingという曲を送り出した。そこで彼女は歌う。「あなたの魂が救われることを願う」と。そして、業種を問わず多くの女性と、一部の男性が彼女への支持を公言した。一方、Shape of youの歌詞は単純だ。「バーで美しい君に一目ぼれした。僕は君の身体に夢中だよ」

 去年のゴールデングローブ賞授賞式スピーチで、メリルストリープは従来の他の受賞者とは違い、自身のキャリアを振り返ることはしなかった。代わりに彼女は静かに、ただ力強く述べた。「今まで何度もパフォーマンスに感動してきましたが、あるパフォーマンスは真逆のものでした。我が国で最も尊敬される地位に就こうとする人物が、障害を抱える記者の真似をした時のことです。」(訳参考:huffpost)そして彼女は、移民、または移民の子孫である役者らがいかにハリウッドに貢献しているかを述べ、反移民政策に異議を唱えた。今年のゴールデングローブ賞スピーチでは、米国で有名な司会者であるオプラウィンフリーが、黒人女性として、Black Lives Matter運動とMe too運動の両方を意識しつつ、「今の私を見ている子どもたちに『夜明けはすぐそこある』と伝えたい」と締めくくった。黒人であるというだけで、警官に少年や青年らが危険視され、射殺される事件に端を発したBlack Lives Matter運動と、今まで沈黙を貫いていた女性たちを中心としたハラスメント告発のMe too運動。先日は、2回目の反トランプデモであるwomen’s marchが実施され、「pussy(女性器)をわしづかみにすればいい」という大統領の発言に反発し、多くの人がピンク色のpussy帽を被り参加した。この行進は人種や民族、特にイスラムといった宗教からLGBTや環境政策まで複数の問題をテーマにしたインターセクショナルなものだが、「第二市民」として発言の機会が少ない女性の名のもとに、多様な人々が連帯した意義は大きいと思う。

 ニューヨークにいると、社会の、人々のパワーを感じる。差別にあったとき、不正義を見たとき、理不尽なことに身がすくみそうになったとき、一緒に怒ってくれる人がいる。日本で、私は恵まれた環境にいると思っていた。自分のことに関して完全にオープンにしていたし、周りの人たちも普通に受け入れてくれていた。しかし、高所から酸素の多い低所に降りてきたように、ここは、もっと生きやすい。

 政治に対するスタンスの違いだけではない。インターネットが一般に普及する少し前であろう時期に、単身NYCに乗り込んできた、ある女性のサイトをこの前偶然読んだ。そこに「家でエプロンをつけて料理をする自分より、隣人の中南米出身の青年とビールを飲んだり、マウンテンバイクでマンハッタンを滑走したりする自分のほうがしっくりきた」という言葉があり、深く共感したことを覚えている。少しの勇気をもって飛び込めば、すぐに様々な人と知り合うことができる。世界最高峰のジャズもミュージカルも美術館も、授業後に通うことができる。こっちに来て自分のなにかが変わったというよりは、「生きている実感が得られる場所を見つけた」という感覚だ。将来、戻ってくることを真剣に検討している。

 留学の折り返し地点もとうに過ぎ、加速度的に時が過ぎ去ってゆく。ただ、たまに立ち止まって、思い出にふけりたい時がある。思い出したい人がいる。こっちに来て親しくしていた友人が昨年末に亡くなった。彼がここにいたら、と考える。正直にいうとまだまだ気持ちの整理はつかないし、スマホの写真フォルダみたいな感覚では、整理したくない思いもある。彼のおかげで、特に初めのころ私は孤独を感じずに済んだし、友人だけでなく、全ての人に対する彼の優しさは今も私の心を温かくさせる。鮮やかな毎日は時に、昔の記憶を塗りつぶしてしまうけれど、大切な思い出はそっと抱えつつ、残り少ない留学生活を悔いなく過ごしたい。