じゃがいも日記

母に顔がジャガイモに似ていると言われましたので

セックスワーク(売買春)をどう捉えるかってことを最近ずっと考えています。

毎日なにをしているかというと、12月1日締め切りで、セックスワークに関する研究レポートか、書評を書くために色々と読んでいます。

といっても、青山薫『セックスワーカーとは誰か――移住・性労働・人身取引の構造と経験』(2007)とSWASH(Sexual Work And Sexual Health)『セックスワーク・スタディ-ズ』(2018)を読み終えたところですが。

 

うーん、、、あと一か月ちょっとで研究レポートって無理じゃね。笑

けど、学年一つ上の4年生の卒論の進捗を見てるといける気もする(失礼w)

 

というか、元々、青山さんの著作の書評を書くつもりだったのですが、少し古すぎるので、先月発売のSWASHに切り替えようと思ったんですね。しかし、思ったよりもfor beginnersで、学術書ではない…。内容はかなり充実していて、包括的な知識を得るにはもってこいなのですが。

 

そこで、「研究レポート(論文にまではならないけどってやつ)にしたら?」とアドバイスをいただき……いやいや、無理だろ。研究レポートとはいえ、デュルケムやウェーバー、パーソンズといった社会学の古典一通り読んで、フェミニズムも理解して、ってあとに書くのが筋ってもんですよね。本当は原典もあたりたいけど(多分ムリ笑)

我ながら、学問への冒涜。

 

しかし、自分から、「なにか書けそうなものないですかね」と聞いた手前、引けぬ。。。いや、そもそもそれも、来年のつもりで話したのですが…。しかし、本当にやるかどうか試されてる気もするし、こういうの繰り返してるうちに成長するもんだから、全力出します。(いつぶりだ、この言葉使うの笑)

全力もね、時々出してあげないと、忘れちゃいますからね。

 

今は、青山さんの著作後、欧米の論文の紹介を中心にセックスワークの議論がどうなっているか(できれば、トランスナショナルな視点も含めつつ)まとめる形で研究レポートを書こうかなと思っています。。。できるんかいな。笑

やるしかない。

 

 

さて、多分、ここまでは、誰も興味のない話だったと思うのですが、肝心の議論に関することもかるーく書きますね。

 

セックスワーク/売買春をどう捉えるかっていうのは、フェミニストの間でも意見が割れておりまして。

 

まずは、「貧困と、女性の性が搾取される社会構造のもとにあるのが売買春なのだから、許されるべきではない」という立場。売春をしている女性たちを被害者として保護し、(売)買春を不法化することを目指します。

 

次は、「夫婦間以外のセックスをタブー視する姿勢こそ問われるべき。セックスワーカーは、その人たちの性の自己決定権を行使して労働をしているだけであり、一方的に被害者として扱うことは、その尊厳を貶める」という立場。

 

そして最後に、「『強制された』売春と『自発的な』セックスワークを分けることは不可能/無意味。それよりも、現実に、セックスワークに従事している人たち本人の意思を尊重し、その人たちの人権や労働者としての権利を守るよう、セックスワークを非犯罪化するべきだ」という、ある意味、中立的な立場があります。

(青山さんは、さらに、「社会から影響を受けつつ、かつ、社会に影響を与えうる」エイジェンシー/発為力の概念を用いて、実際のセックスワーカーたちからの聞き取りを分析します)

 

まあ、ぶっちゃけ、「今」のフェミニストはほぼ皆、最後の立場という印象を受けますが、議論を追いつつ、もう少し自分なりに色々考えたいと思っています。

 

エイジェンシー概念を中心とした相互行為論を踏まえて、他の聞き取り調査の再分析をしてもいいかなとも思ってますが…。どうなることやら。

 

ま、とりあえずは、田崎英明『売る身体・買う身体―セックスワーク論の射程』と江原由美子『性の商品化―フェミニズムの主張』を読んで、英語文献をもりもり食べていこうかと。

 

がんばります。