もらった優しさよりほんの少し多めの優しさをもって生きたい
先日、22歳の誕生日を迎えました。今よりもっとこじらせていた時期を知っている友人にしみじみと「22歳だなんて信じられないね…」と言われましたが、本当にそれな。律儀に6回も祝ってくれてありがとね。私が時々忘れるのはごめんね。笑
低気圧の頭痛とたぶん生理前の微不調が重なり、完全に寝誕生日になったのですが、一緒に暮らしてる友人らに、翌日夜中3時にバースデーソングを歌ってもらえました。
みんなファイナルでくっそ忙しい時期に、せっかくだから、と出かけるつもりでいてくれたみたいなのですが、肝心の本人がずっと寝てるという。ごめん笑
気づいたら、ピザとケーキを買ってきてくれていて、ピザを食べてお腹いっぱいになったらまた眠くなる…って一日でした。ちなみに、そこから起きて、3時のろうそく吹きに至ります。さらにちなみに、4時からその日〆切のレポートを仕上げました。
4時からでも、動けて本当によかった。たくさん寝たのもあるけど、低気圧が去ったのが大きいかな。雨上がりのあの匂いと、夕暮れと夜が混ざる空を背景に浮かび上がるスカイラインを眺めた504号室。
5月はたくさん旅行に行くから、と一足早くマンハッタンの部屋を出て、最安のエアビーに入ったのですが、マットレスが薄すぎて身体中を痛め、さらに風邪も引きかけた私を見かねた友人らの「ここに泊まりなよ」という言葉に甘え、寮の部屋に転がり込んでいます。リビングのソファのほうが遥かに落ち着ける。
エアビーと同じ4人部屋でも、シカゴのホステルは綺麗で快適だったのにな。シカゴ旅行の話はまた別でまとめます。
そういえば、シカゴ行きのため、先述の友人に車で空港まで送ってもらったとき、「朝早いし申し訳ないよ」って伝えたら「なにいってるの、もう家族だから」って言ってもらえて本当に嬉しかったなあ。
今ではほぼ毎日、なにかしらの食べ物を買いにみんなで車で出かけたり、当日決めで野球を見にフィラデルフィアまで2.5時間かけて行ったり。深夜に謎のテンション高タイムが訪れて、ヘンテコダンス踊ったり。
タピオカジュースを買いに行く途中、煽ってきた後続車にGod damn itつって、さっと窓開けて中指立てた友達に、横の車のターバン巻いたおっちゃんが親指立ててにやって笑いかけてるの、まさに、私のなかのニューヨークだなって。ちなみにその友人、そのあとマックナゲットのソースを車内でこぼして落ち込んでました。笑
さらに遡れば、絶叫マシンに乗りまくった遊園地からの帰り、真夜中に、ちょうど彼女らが出発するとこに誘われて、なにがなんだか分からずにYESつったら、ブルックリンのパーティーだかただの集まりだかに連れてかれたのが、初めて車に乗せてもらった日か。あの運転と爆音と飛び交う言葉を聞いて、生が終わったと思った。笑
そういえば、みんなでバーやクラブ、パーティに行って、私が誰かとmake outしてる動画を撮られたりしたことも。なぜか知らないけど、そのあとその友達とちゅってしたり。
あとは、喧嘩の仲裁したり。It's not my faultってよく言う子たちだから、I don't blame you. Just feel you.って言ったら、じーんってしてたな。
いつかまた集まることはあっても、こんな時間は今だけ。時の不可逆性をここまで恨んだこともないです。
そして、自分が日本で失恋した時、泊めてくれた人たち、本当にダルい飲みに付き合ってくれた人たち、一緒に悲しんでくれた人たち。あのとき、かけがえのない関係を台無しにしてしまったけど、自分にとって大切なものはまだ残ってるんだなって思ったことを、今また思い出してて。
My body is fuckin mine. Your body is yours. That's it.って言っちゃう強さは、誰かを支えるものでありたい。私がこの地で学んだことです。